八重山食肉センター

取り扱いの肉について

沖縄県は、亜熱帯海洋性気候に属し、1年を通して温暖な気候が特徴で美しい海に囲まれるアジア有数の南国リゾート地として知られています。
かつては独立国として、1429年〜1879年までの約450年の歴史を刻んだ琉球王国時代が存在し、中国・東南アジアの近隣諸国と盛んに貿易が行われ、海外の影響を受け本土とは異なる独自の文化が発展し、現在も色濃く人々の生活に残っています。食文化においても、本土の食肉禁忌の影響をあまり受けず肉食文化が発達しており特に豚肉が琉球料理のおもてなし料理として食されてきました。自然・気候風土の豊かさを活かし豚・牛・山羊などの食肉の畜産が栄え、農耕や運搬の役用としても牛・馬が活躍していました。
現在は、技術の発達、整備、機器の導入により役用としての牛・馬の需要は無くなりましたが、水牛車や乗馬体験など観光業で活躍の場を広げ、食用としては、より美味しく安心安全な食肉の生産が進み、県産ブランド肉も誕生し県内外で高く評価されホテル、レストランなど多くの飲食店で提供されています。

【牛】

 沖縄は、1年を通して温暖な気候、豊かな風土、飼料となる牧草が豊富であり牛の飼育に適した環境がおおく整っています。
 沖縄といえば、豚肉のイメージが色濃くありますが、琉球王朝時代、牛は大切な家畜、財産であり、15世紀頃には、先島地域で飼育され祝い事の席で食されており、貢物として定着していました。
 また、この頃、牛馬に対する税制度や牛の屠殺制限が幾度となく行われていました。これは、牛が1年に1頭しか子供を産めない事もあり、農耕のための役用、課税対象である牛の頭数の維持の為であったと考えられています。それほど牛は貴重であったと伺えます。1879年(明治12年)琉球藩が廃止され、沖縄県が誕生しました。この頃、盛んに砂糖の製造が行われており、役用として牛の需要が高く、また、食肉として革製品の製造の為として重宝され飼育頭数も増えていきました。沖縄県内の牧場では先島地域(宮古・八重山)がほとんどで、放牧飼育されていました。
1945年終戦後、アメリカ合衆国の統治下の中、戦火で壊滅的な被害を受けた畜産業の復興が始まり、日本向けの輸出も始まりました。この当時は、アメリカ統治下にあった沖縄は、日本は外国となり、輸出との形になっています。販路が開拓されたことにより、畜産農家の意欲も高まり優良な黒毛和牛の改良を進めました。その後、家畜の登記・登録、人工授精も始まり、より良い種の交配が進められていきました。
戦前から和牛の産地は八重山とされており、1年中温暖な気候と飼料となる豊富な資源を活かし、日本国内でも屈指の国内銘柄牛の素牛(肥育開始前の子牛)の産地として知られ、八重山の畜産業のベースとなっておりました。しかし、沖縄が本土復帰した1972年前後では、日本国内での牛肉の需要が高まり、沖縄で肉用牛の生産拡大が勧められ、肥育に力を注ぎ一貫体制での安心安全、美味しい肉用牛の改良、生産が始まりました。
近年では、繁殖から肥育まで一貫し品質管理された県産ブランド和牛が多く誕生し、2000年7月の首脳国会議(沖縄サミット)では、晩餐会のメインデイッシュで『石垣牛』が使用され、各首脳国にその深い上質な肉質が絶賛され注目されました。

《JA石垣牛に関して》JAおきなわ八重山地区畜産振興センター
http://www.ishigakigyu.com/about.html

【豚】

『豚は鳴き声以外すべて食べる』と言われており、本土ではあまり食べられていない部位も工夫し調理され、昔から沖縄の食文化に欠かせない食材として根づいています。代表的なものは、テビチ(豚足)チラガー(顔皮)ミミガー(耳皮)、また、豚の内蔵は“中身”と呼ばれ澄まし汁にして、お祝い事の席で食されています。
沖縄における豚文化は、伊江島の国指定史跡の具志原貝塚、弥生後期(紀元前1世紀〜3世紀)豚の骨が発掘されたことにより約2000年前から関わりがあることになります。
琉球在来豚は、琉球王朝時代より食されており、14世紀頃に中国より初めて持ち込まれ飼育されたのが起源とされており、その後、戦争や豚コレラで数えられるまでに激減しました。貴重な歴史・文化的な資料となる琉球在来豚の復元活動がはじまり、現在、希少価値のあるブランド豚として流通しています。
また、戦後の沖縄の食料難(豚の減少)を知ったハワイの沖縄日系人が寄付金を集め、550頭もの白豚をアメリカから沖縄まで約1か月もの過酷な航海を経て輸送を行いました。この時に運ばれた豚は、琉球在来豚より赤みが多く、出産数、発育の早さのある品種で、各市町村から農家に配分され4年後には、10万頭にまで増え沖縄の人々の生活を支えました。
現在では、各養豚農家が飼料にこだわり、豚にストレスなく生活出来るよう、衛生管理・環境整備等を徹底した肥育を行い多くのブランド豚の生産に取り組んでおります。同様に八重山諸島でも、恵まれた自然環境を活かし養豚農家が愛情をかけて育てた、こだわりの豚を生産しております。

【山羊】

八重山の方言で山羊は、『ヒージャー』と呼ばれ、『山羊薬(ヤギグスイ)』と言われるほど、栄養価も豊富、貴重なたんぱく源として昔から食されてきました。
全国的にも珍しい食文化ですが、沖縄では、お刺身(山羊刺し)、血・肉・内臓と野菜の炒め物(チーイリチー)、肉・骨・内蔵を一緒に塩で味付けされ煮込んだ汁物(山羊汁)が食されています。独特な臭いのある山羊汁は、臭い消しとしてヨモギ(フーチバー)や生姜を入れたりします。お祝いの席で、山羊1頭を料理し振る舞うこともあります。
 山羊は、15世紀頃の琉球王国の大交易時代に中国などから伝えられたと言われています。
気候風土に対する適応性が高く、病気になることも稀で飼育に手間のかからない山羊は、食料難の時代に貴重なたんぱく源として重宝され盛んに飼育が行われました。また、沖縄在来山羊(島山羊)は15kg前後の小柄で歩留率が低い為、肉量と乳量を増やすことを目的とし、1926年、長野県から日本ザーネン種という大型で白色のヤギが導入され島ヤギと交配改良が行われるようになりました。ザーネン種の累進交配により,1頭あたりの体重が40〜50kgほどまで増加しました。乳用としての改良も進み、牛乳とほぼ同様の栄養価を有し消化もいいため、乳幼児や病弱者の最も入手しやすい栄養源としても重宝されました。
 近年では、畜産農家の減少や都市化、乳用牛の増加、癖のある山羊肉の若者離れ等に伴い山羊頭数も減少傾向にありましたが、現在でも山羊肉のファンは多く、沖縄では、専門店も多くあり、山羊農家も飼料を研究し山羊特有の臭みの少ない山羊の生産等にも取り組んでいます。生産頭数の少ない沖縄産の山羊は、ほとんどは本土に流通せず地産地消が主で希少なお肉として食されています。
八重山食肉センター

と畜・解体に関して

と畜は予約制です。と畜日前日の16時までにご予約下さい。 TEL:0980-82-3594

山羊

山羊

《牛・豚・山羊のと畜申込み時に「病気や薬の投与歴」の申告が必要になります》

申告は「食品衛生法等の一部を改正する法律」(平成30年6月13日公布)により、高度な衛生管理システムHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が全国のと場で義務付けられ、八重山食肉センターでは大動物(牛/馬)小動物(豚/山羊)のと畜時に投与歴の申告を開始いたします。
 消費者の皆様へ安心・安全な食肉を提供するために運用される制度になりますので、生産農家の皆様のご協力を心よりお願い申し上げます。

【提出方法】 締切:と畜予定日 前日の午後4時必着 ※月曜と畜は前週金曜4時必着
①八重山食肉センター窓口への直接提出  ②FAX送信  ③メール送信
【提出先】
石垣市字大浜1369-3 八重山食肉センター 担当:衛生・品質管理担当
電話:0980-82-3594 FAX:0980-87-0129 メール:ymc@joy.ocn.ne.jp

・肥育、老廃等の区別なく、全ての大動物(牛/馬)小動物(豚/山羊)が対象です。
・提出して頂く書類は簡単に作成できるように、「有/無」の選択と、畜主様のお名前等を記入頂くだけのシンプルな書式にしています。
・と畜前の2か月以内に譲渡や購入で病歴等がわからない方は、以前の畜主様に確認のうえ、ご記入をお願いします。
・対象の皆様にご説明しながら進めますので、不明な点はお気軽にお尋ねください。


投与歴申請書へ記載になりと畜日に申請お願い致します。

大動物(牛/馬)投与歴申請書

大動物 病歴投薬歴等申告書.pdf
大動物 病歴投薬歴等申告書.xlsx

小動物(豚/山羊)投与歴申請書

小動物 病歴投薬歴等申告書.pdf
小動物 病歴投薬歴等申告書.xlsx